YAMAMOTO KOGAKU 100th HISTORY

1911年(明治44年)、大阪の眼鏡レンズ加工業として創業以来、
100年以上にわたり、常に現状に満足することなく「安全」と「快適」に向き合い続けてきた
山本光学の軌跡を記します。

創業期 1911 - 1945

創業そして戦後へ
家業のレンズ加工業者からの出発

1889(明治22年)

初代山本晴治、大阪市内で眼鏡レンズ加工業 山本レンズ製作所設立。

1889(明治22年)

山本健治は少年時代に、港から次々に船積みされる大きな木箱を見て、「大きくなったら、自分もあんなふうに外国へ売れる製品を製造販売したい」と念願していた。なかでも脳裏に深く印象づけられたのが、木箱の刻印にあった白鳥のマークである。その思いを胸に昭和20年、戦後の物資不足の時代に焼け残った材料を使用して、水中メガネの製造販売を始めるにあたり、宣伝のために『白鳥のスワン印の水中メガネ』と新聞に広告掲載した時に由来する。

1889(明治22年)

創業者、山本晴治の頭文字、YとHをあしらって作られたマーク。昭和55年まで社章として使われた。

1935(昭和10年)

大阪市内より現本社所在地東大阪市に工場新築移転。合名会社組織として総合的に防塵眼鏡並びにレンズの製作を開始。

1941(昭和16年)

戦時体制となり、軍需下請け工場として軍納品防塵眼鏡及び航空眼鏡を製作。

1945(昭和20年)

昭和20年、終戦を迎える。空襲で事務所、自宅を消失してしまったが、セルロイド生地などの材料は井戸に隠していたため消失を免れる。翌21年、その生地を使って焼け残った工場で水中眼鏡を生産。当初は売れなかったが、3月に「スワン印水中メガネ」とうたった広告を出し、全国的に販売。

創設期 1946 - 1969

そして再出発
終戦後の技術革新

1946(昭和21年)

株式会社山本防塵眼鏡製作所 当時のロゴ

1947(昭和22年)

株式会社に組織を変更。
保護眼鏡・しゃ光眼鏡の製造を再開。

1953(昭和28年)

防衛庁指定工場となり、航空眼鏡・防塵眼鏡・しゃ光眼鏡等を納入

1957(昭和32年)

海外への輸出も盛んになり、白鳥をデザイン化。
そのなかに英文で「SWAN」と入れてブランドのロゴとした。

1961(昭和36年)

サングラスのJIS表示許可取得。

1964(昭和39年)

社内で独自の高い試験基準を設け、それらの試験をクリアした強化ガラスレンズを昭和39年「テンパーグラス」の名称で販売。10万円の目の傷害保険をつけると共に店頭でも衝撃試験を実演してその強度をアピールした。

1969(昭和44年)

山本為信社長は学生時代にロンドンに旅行をする。そこで印象に残ったものの一つに『SWANS』という名のパブがあった。帰国後、社員それぞれの協力により会社が有機的な複合体であることを目指して、英文を『SWANS』と双頭の複数形に改称した。

1969(昭和44年)

淡路島東浦町に工場設置。

躍動期 1970 - 1991

コア技術とブランドの確立
世界から注目される企業への歩み

1970(昭和45年)

それまで産業安全用品も含めた全社的なブランドであった「SWANS」をスポーツ関連商品のブランド名として特化していく。

1970(昭和45年)

昭和46年8月、日本板硝子と曇らないハイドロンレンズの独占契約を結ぶ。これを使用した安全眼鏡「NO.900-H」で、安全業界に新たな道を開く。

1971(昭和46年)

日本板硝子(株)とハイドロンレンズを独占契約。

1971(昭和46年)

世界初の本格的な曇り止め機能を持ったハイドロンレンズを搭載したゴーグル 「No.S-115」を開発。山本光学の曇らないアイウェアへの挑戦の幕開けともいえるゴーグル。

1972(昭和47年)

冬季札幌五輪開催

1972(昭和47年)

昭和47年全米安全協会会員に登録される。
米国スポルディングインターナショナルと眼鏡部門における業務提携。(株)アイヴァンを設立。

1975(昭和50年)

スイミングゴーグルの製造を開始昭和49年、スイミングゴーグル「SW-1」の製造を開始。参入当初は、スイマーたちの間にゴーグルの普及は進んでいなかったが、スイミングスクール・ブームの到来とともに市場は一気に拡大。その結果、スワンズは冬はスキー、夏はスイミングという、年間を通して安定したスポーツ事業展開を確立する。

1975(昭和50年)

昭和46年に発売されたスキーゴーグル「No.S-115」。曇りの原因となるレンズ表面の水分を吸収してしまうという画期的な性能を持つハイドロンレンズを採用。世界初の本格的な曇り止め機能を実現したスキーゴーグル。その驚異的な性能は世界中の注目の的となる。山本光学の曇らない技術の歴史はここからスタート。

1976(昭和51年)

昭和51年当時、英文ロゴタイプ。

YAMAMOTO

1976(昭和51年)

超硬レンズペトロイド設備始動。
硬質プラスチック入り保護メガネのJIS表示許可取得。

1976(昭和51年)

ペトロイド仕様第1号2眼型(S-225)
昭和51年3月に超硬レンズ、ペトロイドの製造設備が始動。ここから生まれた2眼型メガネは同年12月に「硬質プラスチックレンズり保護メガネ」のJIS規格(JIST8147)に合格し、昭和52年1月に発売された。

1976(昭和51年)

『「眼と顔の保護具」の知識』と題したテキストを使用して、産業界の安全への啓蒙的活動を行った。

1977(昭和52年)

米国スキー連盟よりスキー用具供給メーカーとして認定される。

1978(昭和53年)

全日本スキー連盟のオフィシャルサプライヤー、カナダスキーチームのオフィシャルサプライヤーとして認定される。

1979(昭和54年)

電熱線でレンズの曇りを解消するスノーゴーグル 「710 ED」を開発。

1980(昭和55年)

より曇りにくいレンズを目指し、新幹線の窓の構造を応用した2重構造のレンズを開発

1980(昭和55年)

社名を山本光学株式会社に変更し、CIに取り組む。70周年記念行事を東京、大阪で行う。本社ビル竣工。技術研究所竣工。

1980(昭和55年)

防塵マスクをつけても、安全メガネがずれないように工夫された、マスク併用1眼型「YG-504(防爆タイプ)」、マスク併用防災面「YF300」。昭和55年に発売。

1980(昭和55年)

山本光学株式会社 社章とロゴタイプ・英文ロゴタイプ

1981(昭和56年)

ターボファン搭載ゴーグル「725-TB」を発売

1981(昭和56年)

スイススキーチームのオフィシャルサプライヤーとして認定される。

1981(昭和56年)

社名変更と同時に「SWANS」を国際的な海外戦略商品のブランドとして設定。

1982(昭和57年)

労働省、労働衛生保護具(防じんマスク)型式検定合検。

1982(昭和57年)

昭和57年に発表された「SW-AF1」スワンズ独自の技術開発力が生み出した、スイミング用曇り止めレンズをはじめて採用。これにより、曇り止め液を塗って使用するという煩わしさから解放された。まさにスイマーの福音ゴーグルの登場だった。

1982(昭和57年)

昭和58年には、眼鏡レンズ基準の高いレンズ精度を持った度付スイミングゴーグル「SW-7」を発売。適切な視界が得られるようにと、S-2.00~S-6.00まで、0.5きざみで9段階の度数が選べる幅広いバリエーションを揃えた。さらに、61年には、曇り止めレンズでありながら度付という「SW-AF7」を発売。スワンズの独壇場である曇り止めと、度付きという2つの技術の結集によって生まれた世界初の画期的製品だった。(写真は「SW-AF7」)

1983(昭和58年)

この頃になると、流体力学や人間工学に基づいた設計が本格化しヘルメットとの一体感、顔当り形状の3D化が進む。

1984(昭和59年)

昭和60年、レーザー光用遮光メガネ1眼型「YL-100」を発売。溶接、切断などの工業用から通信、医療関係まで幅広い分野で使用されつつあるレーザー光線から、眼を守るために開発された。

1985(昭和60年)

スキー用ゴーグル [スワンズ 921-PH]

1985(昭和60年)

昭和59年に発売された「747MX」。
発汗などによって湿ったゴーグル内部の空気を追い出し、ドライな空気を取り入れてレンズの曇りを防ぐ、センターベンチレーション機構を採用。

1985(昭和60年)

風間深志、バイクで北極点を極める。
冒険ライダーの風間深志は、実に44日間にもおよぶ苦闘の末、カナダのワードハント島から北極点までの約780キロメートルを見事走破。史上初のバイクによる極点征服の快挙を成し遂げた。時には零下43℃に達するという厳寒のなかで、彼の視界を守ったのは、風間氏の要望に合わせ、ペトロイド加工を施したフレキシブルダブルレンズに、さらに電気熱防雲装置を使用した、この特別製の「747MX」であった。

1986(昭和61年)

乗車用ヘルメットのJIS表示許可取得。

1986(昭和61年)

昭和63年に発表された「SW-70M」は派手なミラー加工を施したスポーツサングラス感覚のスイミングゴーグルで人気を集めた。2年後にはその防曇仕様「SW-AF70M」がGood Design賞を受賞。

1986(昭和61年)

トライアスロンへの取り組みを開始、アイアンマン・ハワイで世界のトップ・トライアスリートへのレーシングサービスを展開する。

1986(昭和61年)

昭和61年に発売されたセンサー感知式ファン防曇装置付ゴーグル「765TB-S」ゴーグル内部の湿度が70%前後になると、センサーがこれをキャッチ。曇り出す前に、超小型モーターが駆動するファンのスイッチが自動的に入り、ゴーグル内の空気を強制換気してレンズの曇りを未然に防ぐという仕組みだ。もちろん湿度が下がればファンは自動的に停止する。しかも、モーター、電池、湿度センサーを1ユニットに内蔵することで、軽量コンパクト化にも成功した。

1987(昭和62年)

徳島工場竣工。

1988(昭和63年)

昭和63年、「LS-500H全面型ライフセーバー」を発売。
社会問題ともなったアスベスト対策用として開発した。

1989(平成1年)

昭和63年に発売されたテクニカルゴーグル「767MX TB-ED」ゴーグル内部の湿度が高くなると、自動的にセンサーがこれを感知して小型ファンを回転、強制的に換気を行い、レンズの曇りを強制的に解消させるシステムと、自動車の熱線入りリアガラスのようにガラスに内蔵されたニクロム線に電気を流して加熱し、曇りを取り去るシステムを併用する。

1990(平成2年)

スノー市場が最盛期となるこのころにはゴーグルの他にもポールやグローブなども扱い、人気を博した。

1991(平成3年)

創業80周年記念式典を全社員参加で神戸にて開催。

発展期 1992 - 2017

21世紀を迎える躍動の発展期
Protecting For Youの確立

1992(平成4年)

当時のロゴ

Gullwing

1992(平成4年)

平成4年、レーザ光完全吸収タイプに多波長兼用タイプのCタイプを発売、1つのレンズで複数のレーザ光に対応する画期的な商品。

1992(平成4年)

有森裕子氏バルセロナ五輪で当社アイウェア GULL WINGを着用し銀メダル獲得。現在もアドバイザリースタッフとして契約中。

1993(平成5年)

リレハンメル五輪ノルディックスキー複合団体優勝 萩原健司

1994(平成6年)

新しい"山本光学の企業理念"が発表される。
徳島工場が工業標準化実施優良工場として、四国通商産業局長賞を受賞。

1994(平成6年)

チタンモデル高級モデル「スナイパー」

1994(平成6年)

平成6年、ALLFIT「SN-700」発売。性能はもちろんのこと、ファッション性の高いデザインが人気を得た。

1995(平成7年)

レンズ成型時に偏光膜をインサートする技術FIT(Film Insert Technology)を確立。翌年から量産を開始し、サングラスへ搭載。

1996(平成8年)

創業85周年記念事業として、スワンズ・スポーツ・ビジョン・センターを東京支店に開設。

1996(平成8年)

「SR-1」シリーズ(1N,1NC,1M)
ノンクッションタイプで流水抵抗を大幅に抑制。国内初の競泳用ゴーグル「SR-1」。

1997(平成9年)

徳島物流センター稼働開始。

1997(平成9年)

ワンポイントカラーをロゴの左右の配置した新ロゴを使用開始。

SWANS 限定品ゴーグルに「S」 ワンポイントマークを使用

1997(平成9年)

ニッポンチャレンジ限定グラス「NCG-003」。
アメリカズカップニッポンチャレンジチームで使用されたサングラスを販売。

1997(平成9年)

スノーボード用ブランド「DICE」を登場。

1997(平成9年)

バスプロ:深江真一氏とアドバイザリースタッフ契約。

1998(平成10年)

スキーゴーグル [SWANS SFZ-998-ZPH]。
平成10年、長野五輪用として開発。ヘルメットのフィットするスキーゴーグルとしてアルペンスキーヤーに好評。

1998(平成10年)

長野五輪開催。

1998(平成10年)

1998年~2007年で使用。スノーシーンに新たな旋風。「SIN」マークを新たに導入し、アクション系スポーツに対応。

2000(平成12年)

2000年~2017年で使用。新しいロゴマークで「YAMAMOTO」ブランドを世界に訴求。

2001(平成13年)

平成13年、国家検定合格の使い捨て式防じんマスク「2200メモリーマスク」が新規格対応品(区分DS2)として新たに発売。同時にフック式バンドを採用した小型タイプの「NO.2601N」も同時発売。

2001(平成13年)

偏光スイミングゴーグル「FO-X1P」。
Fitレンズ開発の応用としてスイミングゴーグルレンズへ偏光シートをインサート成型する技術を確立。

2001(平成13年)

新型ヘルメット「HSR-60」登場。
スノーヘルメットとしてCE規格適合品を開発。

2001(平成13年)

平成13年、ALL FITシリーズに、ソフトテンプルと高い防じん性を持ったニュークッションバーを備えた「SN-717」(オーバーグラス)を発売。斬新なスタイルで大好評となった。

2004(平成16年)

超撥水コート クラリテックスコートを開発。
スノーゴーグルレンズへ展開。

2004(平成16年)

スノーゴーグル [SWANS/ RISING SUN]がGood Design賞、中小企業庁長官賞を受賞。

2004(平成16年)

グラスの低重心化を図る為にアンダーテンプルを採用したe-noxαを開発。

2004(平成16年)

野口みずき氏がアテネ五輪で当社アイウェア e-noxαを着用し金メダル。

2006(平成18年)

グッドデザイン50周年プレゼンテーション展へ出展し、50周年100のデザインに「Gullwing」が選定される。

2006(平成18年)

ポリカーボネート素材の度付レンズ「PETROID RX」を販売開始し、スポーツシーンにも安全な視界を提供。

2007(平成19年)

石川プロとアドバイザリースタッフ契約。

2008(平成20年)

スワンズコミュニケーションセンター大阪がオープン。
新JIS規格T-841(遮光保護具)、T-8147(保護めがね)認証取得。

2008(平成20年)

スキー競技用ヘルメット [スワンズ HMR-70]

2009(平成21年)

スワンズコミュニケーションセンター東京がオープン。

2009(平成21年)

北京五輪マラソン用に開発された「SOU」。レンズに汗が付着しにくい撥水コート「CLARITEX」を採用。

2010(平成22年)

流水抵抗の抑制をコンセプトに開発された競泳用ゴーグル「Sniper」。

2010(平成22年)

安全性と快適機能を兼ね備えた「L-fit」。
作業現場、医療、花粉、スポーツなど幅広いライフスタイルで使用された。

2010(平成22年)

スワンズコミュニケーションセンター神田小川町がオープン。北淡工場竣工。

2011(平成23年)

平成23年、SWANSアイガード「SVS-700N」はASTM F803-11の規格適合品となる。

2011(平成23年)

ロック式で簡単なレンズ交換が可能なスノーゴーグル「C2N」を発売。

2011(平成23年)

代表取締役社長に山本直之が就任。
創業100周年を迎える。

2012(平成24年)

高視認性レンズの一翼「アイスブルーレンズ」を発表(後のULTRAレンズシリーズの基礎)

2013(平成25年)

JR大阪駅 ALBi内に「SWANS STORE OSAKA」オープン

2014(平成26年)

従来品より防曇性能を高めた「Premium Anti Fog」モデルを発売。市場にて高評価を得る。

2014(平成26年)

山本為信「旭日双光章」を受章。

2015(平成27年)

スノーゴーグル[ROV]O が Good Design 2015受賞
以降で「 ISPO AWRD(ドイツ) 2016」「 ISPO AWRD(ドイツ) 2017」も連続受賞

2017(平成29年)

平成29年 アイガードシリーズ新型 GUARDIANが 「Good Design 2017」「Kids Design賞」「IOFT(国際メガネ展)」にて『日本メガネ大賞・キッズ部門グランプリ』の三冠を達成。

2017(平成29年)

中小企業優秀新技術・新製品賞(りそな中小企業振興財団)にて[ROV]O-MIT仕様のゴーグルが「奨励賞」受賞。

2017(平成29年)

経済産業省主催の「第11回製品安全対策優良企業表彰」にて「技術総括・保安審議官賞」受賞。

2018(平成30年)

全部門の高視認性レンズ をULTRAレンズシリーズとして集約。

ULTRA LENS

- 2020 Future

NEXT 100 YAER これからの100年に向けて NEXT 100 YAER これからの100年に向けて

今までの100年も、次の100年も、
私たちは安全で健康に暮らせる環境を
守り続けていきます。
私たちのフィールド「地球」で、
楽しいライフスタイルを
皆様と一緒に楽しむために。

山本光学の技術